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財界追放とは?(占領政策)政治学用語

一般的にGHQ占領政策として有名なのは公職追放財閥解体ですよね。
公職追放 軍国主義者・国家主義者を国会議員・報道機関・団体役職員などの公職から追放し、政治的活動を制限した政策
財閥解体 日本の財閥が戦争遂行をささえたという理解から、日本の大企業を複数の会社に分割させた政策
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写真引用元https://webronza.asahi.com/politics/articles/2018090700003.html

しかし、公職追放といわれると、表現上国会議員や公務員になることの制限とも思われがちですが、公職追放の一環として行われた「財界追放」も日本に大きな影響を与えました。

財閥解体の目的にもある通り、GHQは日本の戦争遂行を可能にした要素として、民間企業の構造にも責任があると考えていました。
そこで1947年1月に公職追放の一環として、戦時期に経営層だった人物に対して退陣を指示しました。
それが「財界追放」です。

そしてそれと同時期に、財閥同族支配力排除法が制定されました。これは財閥家族と近い関係にある財閥役員の役職辞任が強制されて、関係会社の役員の兼任を禁止する措置です。そのため、本社を中心とする財閥の人的・資本的な紐帯が切断され、財閥の組織的な解体が進められました。

大蔵省財政史室によると、財界追放によって経営層から排除された人は約2000人。
財閥財閥同族支配力排除法に該当した人物は3625人(実際にこの法で排除されたのは165人らしい)にのぼりました。

同時期に戦勝国の占領下にあったドイツでは、政治家や官僚といった公職追放の政治的な面が徹底的に行われたのに対して、民間の経営者に対しては不徹底だと言われています。詳しい理由は分かりませんが、ドイツの場合は4国による分割直接統治だったことが影響しているのかもしれませんね。

このように日本では、民間企業に対しても強い改革が進められていきました。
GHQはこの他にも、経済を民主化させる政策として金融機関と産業界のつながりを弱めたり、戦前日本では容認されていた独占についても厳しく禁止しました。
「財界追放」は、このような後に続く政策をやりやすくする点においても有効だったのかもしれませんね。


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