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自由民主主義は普遍的な体制なのか? 

20世紀のオーストリア人作家であるヨーゼフ・ロートは、「なぜヨーロッパ諸国は文明と礼節を他の大陸に広める権利を主張するのか、ヨーロッパ自身にではなく」と述べた。彼曰く、いつから自由民主主義は自分たちヨーロッパに根付いていると勘違いしているのか、また根付いていたとしてヨーロッパ諸国の状況からみてなぜその体制が良いものだといえるのか、というような問を投げかけているのだろう。


今日ポピュリストの台頭と実質的な自由民主義体制の危機が欧米先進諸国で繰り返し主張される。いかにも自由民主主義が歴史ある普遍的な体制かといわんばかりに。
では実際のところ、自由民主主義は20世紀とそれ以前のヨーロッパにおいてどのような立場だっただろうか。

ヨーロッパの体制変遷

ヨーロッパにおける体制はいくつもの変化を遂げてきた。中世には帝国、皇帝、、国王による支配が当たり前のことであった。その後フランス革命をはじめとし、人民による革命の時代に突入する。ここで王権を排除し、自由を手に入れようとした人民は、自由をきちんと確立するためには政府が必要であることに気づく。じゃあどのような政府が理想的であろうかと考えた末に出てきた答えが民主主義である。ここでヨーロッパのブルジョアによる自由主義と議会制民主主義が合体し、彼らの時代が始まったかに思えた。


しかし、第1次世界大戦による経済危機から、ファシズム共産主義が台頭。自由民主主義は左右両側から攻撃を受けることとなった。有効な対策を打てないブルジョアたちは、究極の選択を迫られた結果、ファシズムと手を組むことで反共産主義を優先した。その結果ヨーロッパ中でファシズムの急成長し、多く体制は右側へハンドルを切った。

ブルジョアの疑い

第1次世界大戦後の貧困によって、土地を持たない農民による不満も後を絶たなかった。これに対応するために、土地改革ができる国はよかった。しかしながら、イタリアのように地主層の権力が強い国家は農民を鎮圧することで対応するほかはなかった。この第一次世界大戦後のファシズム勃興によりいくつかの国ではヴェルサイユ体制からの自由民主主義が危機にさらされていた。

ここでイギリスの自由民主主義の担い手たちは、自由民主主義モデルの普遍性や議会主義の輸出可能性について疑問を呈していた。チャーチルやオースティン・チェンバレンがまさにそうであった。実際イタリア国外において、イタリアの議員内閣制に感心しているものは多くなかったといわれている。

また保守派の中には、自由民主主義からエリート主義的な(さらに言えば王権的な)体制へ回帰を望むものもいた。大衆に力を与えた結果、民衆は権利ばかりを主張し義務を怠るという点で、利己主義的になると批判したのだ。彼ら曰く、戦間期自由民主主義は有害な個人主義であった。

議会の影響力低下

第一次世界大戦による総力戦と共産主義の台頭によって、自由民主主義は労働者の権利拡大に追われていた。結果として多くの国で、経営団体、労働団体、その他の利益団体と権限を分かち合うこととなった。これが意味するのは議会の影響力低下である。

ファシズムの連続的性質

ファシズムにもまた、自由民主主義と同じように、多くの人々によって支持される法体系や政治理論が存在した。つまり、ファシズム自由主義と同様に歴史の中で生まれ、ヨーロッパ伝統を継承してきた連続的性質をもつ体制といえる。事実1930年代末には、ヨーロッパ諸国の大半で自由民主主義は正当性を低下させ、共産主義をはじめとする左翼の影響力が強くなることもなかった。国家の政治体制は、権威主義保守主義、エリート的知識人の間で争われていた。これは暴力や強制によって引き起こされた現象ではなく、現状に対応するための理想的な体制を各国が検討した結果だ。スペイン、ドイツ、ギリシャ、イタリア、ハンガリーと名前を上がればきりがない。

自由民主主義は普遍的な概念か

今まで固定化された自由民主主義が世界の正統的体制であるという考えを、一度否定することで普遍的とはいいがたい事実が見えてきた。第2次世界大戦以前のヨーロッパにおいて同体制は必ずしも主流だったわけではないし、ヨーロッパ諸国も自由民主主義が長い間ヨーロッパに適合していたわけではないと自覚するべきである。その上で理想的な体制を求め考え続けることが、現代の社会に必要なことではないだろうか。




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